交流事業 活動報告
スーダン滞在記
賀茂 圭介
日本から遠く離れたアフリカの地スーダンにて僕は多くの事を学んだ。訪れた北部はイスラム教が多数を占めておりイスラム独特の考え方は僕にとって新鮮であり、またスーダンから日本を見る事で日本の失ったもの・忘れているものがここスーダンでは溢れている印象を受けた。
学んだ事を書き記す前に、僕がロシナンテスinスーダンを訪れたいと思った大きな理由は「憧れ」と「疑問」であった。
それは川原先生が九州大学にて行っていただいた講演会で抱いた気持ちである。講演会で印象的だったのは川原先生のスーダンへの熱い思いとスーダン人達の生き生きした目をした写真である。特に僕が衝撃を受けた川原先生のヒストリーは外務省での地位と経済力を捨てて家族を日本に残してスーダンに飛び込んだ男気である。日本では新しい事をする際に必ず反対や批判する人々がいる。それを押し切ってスーダンの地に乗り込んだというのはそれだけでも僕にとっては尊敬の念を抱けたし、さらに故郷の地北九州を忘れずにロシナンテスの拠点としている事は人として素晴らしいと感じた。その「憧れ」の気持ちを抱くと同時に、「疑問」に思ったのは何が川原医師を突き動かしたのか、その原動力である。これは是非ともこのスーダンの地で自分の五感をフル活用して確かめる必要があると感じていたところ、念願かなって10日間と短期ではあるが滞在してスーダンという地で学びそしてこの地から日本をそして世界を見る貴重なチャンスを得た。
10日間の滞在で、まず「人間関係」について考えさせられた。ここスーダンでは初めて会った人にも、時には道ですれ違うだけでもアッサラーマレイコンと言って握手というのが礼儀だが、挨拶に関しても人間関係が希薄になりつつある日本人の僕にとっては衝撃的であった。また人間関係が密である事は結婚などの行事にも家族体系にも表れていて、結婚では両家族、親戚だけではなく友人、近所に住んでいる人まで多くの新郎新婦に関係する人達が集いパーティーを開いて祝う事が行われているし、またスーダンの家族は大家族であり両親と子さらに祖父母、叔父叔母達も一つ屋根の下共同生活を行っている。これは核家族化が進んでいて結婚式も限られた人のみで行われている日本とは対称的である。家族体系に焦点をあてると、核家族化が進んでいる日本では現在様々な問題が出てきている。例えば子育ての支援が不足していることで母親に負担がかかったり、育児の不安が大きくなったり、また疾患児への対応に困っている親も多い。
だが日本では対応に困っていることでも、スーダンの人々は無意識のうちか皆で助け合う精神を持っており問題とはなっていない。何故そのような助け合いが可能であるのか、1つは大家族であり近所の人達との関係も密であるから自然と弱者を助ける仕組みになっていること、そしてもう1つ根底にはイスラム教徒であるから弱者を助ける事も全てアッラーが見ているとの考え方から来ていると考えた。イスラム教で協力し合うシステムというのはこの国独特のもので日本には適用しにくいが、すごく興味深い宗教であると考えた。
イスラム教の精神は唯一無二の創生者である神アッラーがいつも人々を見守っていて、良い事をすれば必ずヘブン(死後に行ける痛みも苦しみのないパラダイス)に行けると信じている事に基づく。
この事は、スーダンのガダーレフ大学で医学生と友人になる事が出来、コミュ二ケーションを多く取ることが出来る機会があり肌で感じる事が出来た。学生寮に1日居させていただいたが、まず荷物を持って学生寮に向かう際も「半分持たせろ」という。これは困難も皆で平等に分けようという協力精神からのものであると考えた。ご飯に行った際も、「お前はゲストだから財布を出さずに座って待て」と言って準備してくれたし、実家に招待してもらった際にも「Welcome to your house」である、to my houseではなく。
客人をこのようにもてなす精神、最初はどうしてここまで出来るのか不思議で仕方なかったがよくよく話を聞いてみるとやはりイスラムの精神に繋がっているという事が分かった。
ムスリムはいつもアッラーが見ているという精神も下で全ての人に親切に対応しており、さらに精神力を強く保つ事が出来ると考えた。
また礼拝を日常のdutyとしている事は一見無駄な時間のようにも思えるが、実際に見てみると彼らにとっては神と繋がっている時間であり、僕なりの解釈では精神力や他あらゆるパワーの充電の時間でもあると考える。人に親切にする事も、厳しい環境の中で自分と強く持つ事も多くのエネルギーを必要とするので何かが無いと続ける事は困難だろう。
スーダン特に北部の人々を理解する事には生活に密着しているイスラム教を理解する事が不可欠であることは非常に面白く新世界を見た思いである。
そして個人的にはスーダンという地でも自分の目標とする医師像を考える事で、日本で考えていた自分の医師像は無意識のうちに凝り固まってしまっていたと考えた。いつからか日本の現状は閉塞感が漂っているし、裕福でも何か足りないし、内向的という考えを僕は抱いており、何か外に向けて出来ないかと考えてその準備の為に医学も英語も頑張ってきたつもりであった。しかしそれは小さい事だと今は考える。物事とは多方面から見て初めて実像が見えると考えるが、まさに今スーダンから物事を見て実感した。
キッカケとしては多くの親切なスーダンの人々とコミュニケーションをとる機会を得た事と、川原医師としてだけではなく男川原として活躍している川原さんの姿を近くで拝見出来た事が大きい。
これから1年経てば学生は終わり社会人として独り立ちをする。その中で医師賀茂としての道を究めるのは当然の事として、もっと大きな事を考えたい。いつの日か男賀茂として社会に貢献出来る様に多くの事を学びたいと今は考えている。
最後になりましたが、川原さん、岩間さん、丸山さん、松崎さん、海原さん他多くのロシナンテス関係者の方々、関わったスーダンの人達今回の滞在を実りありものに出来た事に感謝申し上げます。ありがとうございました。


