
スーダンにて
群馬大学医学部医学科 5年
尾池 貴洋
(06年1月2日〜1月8日)
私は常日頃から発展途上国での医療に興味を持っていました。しかし、実際にフィールドで活動するスタッフを見てみたいと思っても、なかなか機会に恵まれずにいました。そんな中、友人からの偶然そして突然の誘いに乗る形で、今回スーダンの地を踏むことになりました。
正直に申しまして、今回のスーダン訪問が決まるまで僕はスーダンについて何ひとつ知りませんでした。首都の名前も、国の位置すらも知りませんでした。そこでインターネットで調べてみると、出てくる情報は「20年以上内戦が続いた地域」「政府がテロを支援している可能性がある」「西部ダルフール地方では今なお紛争中」など震え上がるようなものばかりで、両親や学部長の許可をもらうのにも苦労しましたし、私自身、誇張ではなく決死の覚悟で日本を発ちました。
このように未知の国だったスーダンでの生活は、結論から先に言うと、想像を絶する素晴らしい体験の連続でした。初めてシャワーを浴びた時に水が茶色かったことには正直怖気づきましたが、その後は順調にこちらでの生活に順応していきました。
スーダンで一番印象に残ったのは、人です。スーダンの人はみんな非常に優しいです。笑顔で、話好きで、朗らかな性格の人が多いと感じました。皆、日本から来た私を熱烈に歓迎してくれ、喜んで食事やベッドを提供してくれました。私は今回の訪問だけで100人くらいの人と握手をしました。
次に、食べ物が非常に美味しいです。一体どんなものが食べられるんだろうという訪問前の心配は杞憂でした。羊料理、野菜の煮込み、グァバ、マンゴー等のフルーツ、何を食べても美味しく、ハズレは一度もありませんでした。
そしてスーフィーです。イスラム教の一派の人々による楽器、歌、踊りの共演は世界中のあらゆる形態の音楽でも類を見ないほどの大人数、ド迫力で、私はこれ以上にスピリチュアルな音楽を未だ見たことがありません。夕暮れのアフリカの大地に木霊する響きは本当にめまいがするほど素晴らしいものでした。私はもちろんスーダンでの医療を見学するためにやってきたわけですが、これが見られただけでも十分だと思うくらい良かったです。涙を流す事を忘れてしまうほど、圧倒され、感動しました。
逆に、問題点も見えてきました。それは先ず、水を中心とする衛生面です。貯めておいて使う水はどこへ行っても濁っていますし、トイレも非常に汚いです。私自身、滞在中よく体調を崩さなかったなと思います。
次にやはり医療面です。ドカ村で視察した病院では、地方からやってきた付き添いの家族が病院の外の地べたで野宿している光景に衝撃を受けました。彼らに対して水、食事、蚊帳を提供しなければ、彼らもマラリアなどの病気になってしまいます。また、ウンドゥルマン大学医学部の病院で実習に参加したときに見た患者さんは、日本では珍しいほど病気が進行していました。
今回の滞在を終えて私は、スーダンの国と人に対して何か支援をしなくてはという気持ちを強めたのですが、それは日本にいるときに発展途上国に対して何か役に立ちたいと思っていた気持ちと質的に変わったことに、自分自身で気付きました。
日本で、発展途上国の人々へ募金する時などに私が抱いていたのは、「貧しくて悲惨な運命にさらされている人々を助けたい」というような気持ちでした。しかし今、私は、スーダンという美しい国に来て、そこで大勢の素晴らしい人々に歓迎され、そのうち何人かと友達になりました。だからこそ、自分の大好きな国とそこに住んでいる人々をサポートしたいと考えるようになりました。
もうひとつわかったことがあります。それは、支援にもいろいろな方法があるということです。私は、日本で最先端医療をする医師になるか、発展途上国で川原先生のように活動する医師になるかでとても迷い、結果的に前者の道に進む事を選びました。そしてそれでもなお、川原先生がなさっているような活動に憧れを持ち続け、そうできない自分を悔やんでいました。しかしこちらに来て、前者の人生を歩む私にもスーダンのためにできることはたくさんあるとわかりました。日本に帰って、スーダン名産のハイビスカスティーやスーダンの料理を周りの人に紹介するなどして、この国を知ってもらうきっかけを作りたいと考えています。そしてそういう活動はスーダンでの医療活動と同じくらい、スーダンの人々の支援になるのではないかと考えています。
川原先生、霜田さん、ショーギさんは本当の家族のように親切にしてくださいましたし、スーダンの人々や文化に触れ、頭がオーバーヒートするくらいに濃厚な一週間の滞在でした。次にいつこちらに来る事ができるか分かりませんが、スーダンは私の心の中では第二の故郷だと思っています。本当にどうもありがとうございました。