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NPO Rocinantes / 特定非営利活動法人ロシナンテス

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日本人学生研修事業

将来へのきっかけ

久留米大学医学部看護科 3年
中野 寛子
(06年8月14日〜26日)


この夏のスーダン訪問は、人生のターニングポイントになるものでした。私がスーダン、ロシナンテスを訪問するきっかけとなったのは、私の大学で行われた川原先生の講演会です。昔から海外での医療活動に興味があった私は、その講演後に忙しい日々の合間にいつの間に忘れてしまっていた熱い気持ちが胸にこみ上げ、無我夢中で川原先生のもとに駆け寄り「行きたいです!」と訴えたのが始まりです。本当に自分は、海外での医療活動をしたいのか。実際にその国を見て、感じて、患者、医療環境に触れ、何を思うのか。それを自分自身に問うための訪問でもありました。

スーダンでの滞在中、私は色々な医療施設に行きました。まず一番初めに訪れたのがスーダン東部、ガダーレフ州ドカ村の病院。首都ハルツームから約500kmほど離れたその地では、ここは他の国なのではないかと思わせるような、首都ハルツームとは全く異なる風景が広がっていました。マラリア、カラアザールなどの感染症の曼延地となっているその地の看護、医療環境は日本のそれしか知らない私にとって衝撃的なものでした。きれいであるはずの病院の床には砂埃。ベッドにはシーツもなく、マットレスのみであり、患者が子どもであるならば、患児、患児の兄弟、患児の母、その3人、もしくは患児の兄弟を除いた2人で寝ているのです。吐しゃ物も血液もトーブ(イスラムの女性が体にまとう布)で母親が処理。病院食といったものは出ず、家族が病院の中庭のような所に暮らし、患者のご飯、服の洗濯、その他、日本では看護師の仕事とされる日常生活援助が家族の役割となっていました。感染症であるにも関わらず、隔離する様子は見られず、他の症状の患者も一緒に療養生活を過ごしている様子も見受けられます。看護師の仕事も主に医師からの指示による注射、点滴、服薬管理などであり、日本の看護師の主な役割とは違う姿がそこにはありました。地方の医療状況の驚きを胸に首都ハルツームに戻り、プライベートホスピタル(公立病院ではなく個人が経営する病院)を見学することになった私は、公立病院とプライベートホスピタルの医療環境の差に驚きました。床はきれいに掃除されており、壁には「no smoking」「no mobile」と書かれ、医療に対する配慮がうかがえました。看護師も能力のより高いフィリピン人などの東南アジアの看護師を雇い、医療の質の向上に対する努力もしているようです。

確かに、日本でも農村部などの田舎と、高いビルが立ち並ぶ都市では医療施設に差があるでしょう。しかし、施設に差が出てもそこで働くスタッフの医療レベルが大きく異なることはなく、質の高い医療が提供されていると思います。それは、しっかりとした看護教育がなされているからであり、一人一人が良い医療環境を知っており、それを保とうとするからです。スーダンで話を聞いたDr.も、「医者は能力の高い者がいるが、その力を生かせるような環境に恵まれていない。つまり、その能力を生かせるように援助する看護師の能力が低いために能力の高い医者は、その力を発揮できずにいる。ここでは、看護師が医者と患者を結びつけるのにおいてものすごく重要、だからこそ看護師の教育が重要だ」と話されていました。日本の医療環境からは想像できないものを目にしていた私にとって、このような考えを持っているDr.がいること、そのDr.の熱い想いに感動し、スーダンの医療は今から変わっていくのだろうなと思いました。

私はこのスーダンの滞在中に考え方も変わりました。今までは、私一人がたとえばJICAやNGOなどに参加して医療活動をしたいと考えていたのですが、教育の大切さ、もっともっと多くの人手が必要だという現状を見て、「一人の力ではまだまだ力不足。私一人が動くのではなく、教育的な立場に立ち、人を育て、もっと多くの人が質の高い看護が受けられるような環境を作ることが大切なのではないか」と思うようになりました。それは私がこの地に来て、一番強く感じたことであり、現場を見て初めて気づいたことでもあります。それに気づけたのは、川原先生の熱い想い、それを支える、海原さん、霜田さん、荒井さんあってのことであり、このロシナンテスの活動が私に良い刺激を与え、このようなことに気づかせてくれたことは間違いありません。

私がスーダンに来て感じたものは医療の面だけではありません。私がスーダンに運んで来た注射器がありました。それは到着した日に空港で中を開けられ、注射器だからといって「明日取りに来い」といわれ、没収。保健省からのレターが必要だと言われ、保健省に行き、レターをもらいもって行くと、「これだけではだめだ。薬剤部からのレターも必要だ」といわれ、薬剤部にも行き、レターを書いてもらい、苦労して手に入れたその二つを持ち、空港に行きようやく返してもらえました。この作業に要したのは10日間。変なところでしっかりしているこの国のシステム。これはもう、苦笑いするしかありません。必要な書類を用意するために保健省と、空港を何度も行きし、日本からの援助物資をスーダンの人々の役に立つようにと許可書をもらいに走り回る霜田さん。VISAの延長をするために朝早くから役所の窓口に並び、待っていたのにもかかわらず、いつの間にか係員が帰ってしまい、VISAの延長ができずに家に帰ってきた荒井さん。次に来る学生のために、VISAの取得や宿泊地を確保するために色々な人に電話し、その準備に奔走する川原先生。この国のシステムに本当に苦労されています。ロシナンテスの方々はスーダンで、ただならぬ努力をしておられます。この国で活動することの難しさを痛感させられ、こんなに頑張っている人を見てしまった以上、「私も何かしなくては!!」という気持ちがこみ上げて来ました。

スーダン人の人柄の良さは予てから聞いていたのですが、私もそれを体験することとなりました。偶然、ドバイからハルツーム行きの飛行機で隣の席になったスーダン人のHananさん。たった一人での始めてのアフリカ行き。不安いっぱいだった私に、「あれが白ナイル、あっちが青ナイル。向こうの方が私の家なのよ。」と上空から地上を指差して説明してくれ、「白ナイルと青ナイルが合流する所を見せてあげる」と言い、後日本当に電話をかけてきてくれてナイル川まで案内してくれました。それから、私を遊園地にも連れて行ってくれ、家に招待してくれて一緒にお茶をするなど、とても楽しい時を過ごすことができました。ホームステイ先の家族の親戚の結婚式にも行き、そこでは、笑顔で「サラーム アレイコン(こんにちは)」と握手をしてくれ、お祝いの輪の中に入れてくれます。巡回診療に行った地方では、小さな子ども達が人見知りもせずにひまわりのような笑顔で笑い返してくれ、よくなつき、いつまでも後を付いて走って来ます。みんな、日本から来た見ず知らずの異国人に対してとても温かく接してくれ、スーダン人には日本人が忘れている何かがあるような気がしました。ロシナンテスの方々がこの地を活動の地に選んだ理由が分かる気がします。

私がこの夏、スーダン・ロシナンテス訪問で得たものは私の人生の中でとても重要なものになり、今後の私の良い糧になることでしょう。ここで感じたこと、得たものを忘れず、自分が見つけた目標を胸に、それを達成できるように日々努力したいと思います。ロシナンテスの皆さん、本当にありがとうございました。

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