
スーダン・ハルツーム訪問
熊本市在住 38歳 外科医
廣瀬 幸治
川原先生は私の高校の先輩で ラグビー部のキャプテンでした。そして現地アシスタントの霜田君、ロシナンテス本部事務局長の海原君は共にラグビーボールを追い駆けた同級生です。現在 私は外科医として熊本の病院で働いていますが、「病気にならずに帰ってくる」ことを条件に(そんなの約束できませんが) 休みをもらい、スーダンを訪問することになりました。出発時には スタッフや患者の皆さんから ロシナンテスへ支援の募金と『がんばれ!ロシナンテス』の横断幕に熱い応援メッセージを頂いて、送り出してもらいました。
海原君とともに福岡空港を出発し、中部国際空港では荷物の重量オーバーのために 泣く泣くスーツケースに詰め込まれた日本食食材と紙パック入りの焼酎を自宅に送り返すことになりましたが、ドバイで無事に飛行機を乗り継いで いよいよ初めてのアフリカ大陸です。出発前に スーダンから送られてくる写真、海外安全情報・感染症情報を見ると 現地の治安状況、衛生環境、生活習慣に不安を抱かずにはいられませんでした。仕事柄 日本を始めとする先進国の医療事情はある程度わかるものの、知らないだけに 風土・気候・宗教・文化・経済・政治の違いが 医療にどんな影響をあたえているのか?想像してしまうのは 遅れ・未整備・不足・非衛生的など悪いことばかりでした。
8月10日夕刻 ハルツーム空港に到着しましたが 上空から見た都市ハルツームの広がりは意外に大きく、舗装された道路に車が渋滞し、みんなが携帯電話を使ってることに驚きました。 空港まで迎えに来てくれた川原さん、霜田君に再会し 早速 アジト(?)へ案内されました。部屋に入ると 家具の上には砂埃が積もり、床にはベット代わりにクッションが敷きつめられ、シャワーが壊れ バケツに水浴び用の水が溜められている。まるで 高校のグランド横にあった運動部の部室だ! そして この暑さ! 同居するユニセフの竹友さんにも高校卒業以来約20年ぶりに再会して感激!まさに ラグビー部の夏合宿が再現されたようでした。今回の旅は全日程7日間、そして この合宿所に4日間滞在し 首都ハルツームの医療、生活を体験することになりました。
上流の雨で増水したナイル川を眺めながら 車を走らせ ハルツーム近郊の二つの病院、ハルツーム大学、ユニセフ事務所を訪問しました。
イブンシーナ病院は日本のODAで建設された病院ですが 日本の支援が止まった今は 現地の医師の手によって運営され 消化器病のセンター病院として重要な役割を果たしているようでした。入院患者の回診に同行させてもらいましたが 10名近い医師がベットを囲み、(患者にはわからないよう会話は英語で) 若手の医師が患者を紹介し チーフが皆の意見を求め 1症例に10分以上時間をかけてディスカッションしていました。内視鏡検査室では 下血の患者の大腸内視鏡検査を依頼され、慣れないスコープに戸惑いながらも無事に検査を終わらせました。隣の検査台では 食道静脈瘤破裂に対する緊急止血術が行われていて これらの検査・処置を 若い医師が真剣なまなざしで見つめていました。
外科医の自分にとって一番興味のあった手術室には このイブンシーナ病院と ウンドゥルマン病院で入らせてもらいました。イブンシーナ病院には日本から提供されたことを示すマークのついた機材が並び まさに古い日本の病院のイメージで、ウンドゥルマン病院の建物はかなり古びていましたが 手術室が7部屋あり 外科・婦人科・脳外科・泌尿器科・耳鼻科が次々と手術をこなしていました。それぞれの病院で開腹胆嚢摘出術と 腹腔鏡下胆嚢摘出術の手術助手を務め 細かい手順は違っても 手術の基本手技は世界共通だと妙に実感してしまいました。はじめに目に付いた 建物の古さ、ボロボロのシーツ、手術の器具が古いこと、使い捨て器具・消耗品を使用しないことなどは 大した事ではなく 国の経済を考えると当然のことだと気付きました。この手術室でもまた 手術には多くの熱い視線が注がれ スーダンの若い医師たちの「一人でも多くの人を救える技術を習得したい」という熱気を感じました。
日程上 ロシナンテスが巡回診療で訪問している地域まで行くことは 叶いませんでしたが、今回訪問した都市部の病院の状況とは大きく違うと聞きました。川原先生が病院の医師たちにロシナンテスの活動を紹介し 訪問予定地域の名前を告げたとき 彼らが「信じられない。本気でそんなところに行くのか?」という反応を見せたのが印象的でした。
スーダンから帰国すると 「信州の赤ひげ先生」と呼ばれた 佐久総合病院の若月俊一先生の訃報が新聞に載っていました。終戦直後の忙しさや貧しさの中で 多くの住人が病院に行くことさえしない長野の農村に赴任し 出前診療を積極的に行ったそうです。そして、今では先生の遺志を引き継いだ後輩医師たちが 全国で地域医療を支えていると解説されていました。しかし その一方で 最近は若手医師が地方病院から 離れて行く状況を伝える記事もよく目にします。若い医師の都会勤務希望、女性医師の増加、激務を避けたいという要望から 農村、地方の病院や 勤務の激しい診療科では医師不足が深刻になり 国や自治体は医師確保に躍起になっています。
国が違い、時代が移っても 同じ問題を抱えているのは この問題の解決が容易ではないことを証明しているように思います。若月先生が 健康管理の意思の薄い地域の住民のなかに入っていき 予防医学の大切さを伝え 患者と向き合いながら 彼らのニーズにあった医療を作り上げて 最低限の医療すら受けられなかった農村の住民一人ひとりに健康手帳を渡していった活動と、川原先生を中心としたロシナンテスの活動が まさに『地域に出かけていく医療』として 多くの共通点を持っていると思いました。
普通に日本で生活している人にとって(もちろん私にとっても) 海外、それもアフリカでのボランティア活動がどんなものなのかは想像もつかず、自分と縁のない話だと思っているのが普通でしょう。 私にとって身近な人たちの活動であることが 今回の訪問につながりました。そして、私の周りの皆さんは 驚きとともに大変興味を持ってスーダンの話しを聞いてくれて、さらに家族や周りの人にまで ロシナンテスの話をしたようです。私自身 訪問の前は、貧しさと政策の不備が全ての問題の原因ではないかと想像し、日本とスーダンの違いばかりに考えを巡らせていました。しかし 現場を見て 人に接することで 日本とスーダンの多くの共通点に気付きました。地球の裏側の出来事にも興味を抱き、関わりを持つには まず その場所、人、出来事を 身近に感じること、自分のことのように考えてみることがポイントのようです。
川原さんが 生まれた国日本を離れて 自分の国スーダンに残って活動するのも 日本とスーダンに違いはない、どこの国でも同じであると感じたからかなと ふと思いました。
照り付ける太陽、乾燥した空気、気温45度。体調が悪くなることを覚悟して訪問しましたが、ハルツームは意外に涼しく(出発前の熊本は暑かったのです。) 滞在2日目深夜には大雨が降り 道は雨水で溢れ、長かった今年の梅雨を思い出しました。滞在中、スーダン人の自宅での食事会に招待され 皆さんの温かい歓迎を受け 美味しい現地のご馳走を頂き、砂糖のたっぷり入った紅茶(チャイ)も味わうことが出来ました。合宿所では男の手料理でもてなして頂きましたが 最後の夜のカレーライスは格別で まさに 夏合宿を締めくくるのに最高の味でした。
訪問期間中に ロシナンテスのスーダン政府への国際NGO登録が最終局面を迎え、帰国直後に登録完了の知らせが届きました。今から先 ロシナンテスが 一歩一歩前進し スーダンの皆さんとの交流の輪をさらに広げ、皆さんに喜ばれる活動が出来るように 今後も応援していきます。