
ハサバラで生きた10日間
北海道医療大学 看護学部4.5年
池田 あい
国際医療に興味を持ち、将来的に海外に出て働きたい。そんな思いから、アジア数カ国でのボランティア活動もしてきた。でも、やっぱりアフリカの大地が好きでたまらない。アフリカの地での医療活動の現場を見てみたい。そんな事を思っているとき、偶然ネットで引っかかったのがロシナンテスだった。学生の受け入れをしている!見た瞬間、ここだ!!と思い、すぐに問い合わせのメールをした。学校の授業日程、受け入れの日程がなかなか合わず、初めてメールを出してから、早7ヶ月、ようやく念願のスーダンの地へ旅立つ事となった。皆、なんで紛争している国にわざわざ行くのか?死に行くのか?と口々に言ったが聴く耳持たず。親の承諾すらまともに取らず、将来、第二の母国となるかもしれぬスーダンに熱く胸を寄せていた。
まだ肌寒い北海道を出発し、ネパールでのボランティア活動を経て、ようやくスーダンに着いた時には2週間が経過していた。暑さには慣れたつもりだったが、ハルツームの暑さは予想以上で寝れぬ一夜を過ごし、2日目、ハルツームから約7時間かけて、ようやく川原先生のいるハサバラ村に辿り着き、夜空一面に輝く星達も歓迎してくれた。
村での初日、午前中の診療が終わり、シャイを飲みながらゆったりと過ごしていると急患が来た。一緒に病院へ行こうとすると、先生は「Hassanとコミュニケーションでもとってなさい。これも大事な事です」と言い残し、病院へと去っていった。アラビア語しか話せないHassan、3人取り残され…..どーすればいいのかと健と2人、顔を見合わせ、途方にくれた。
看護師はどの医療従事者よりも密にPtと接し、そのPtの生活に関わっていかなくてはならない。だからこそ技術面だけではなく、コミュニケーション能力は非常に重要となってくると思う。この場だけではなく、今後、医療従事者としてPtやそのPtの取り巻く周りの人々と関わっていく者として、最も重要な課題を突きつけられた気がした。
この10日間、Mohamedにアラビア語の指導を受け、覚えたアラビア語を片手に待合室にいるPtに必死に話しかけてみた。どんな症状があるのか、何を訴えているのか、自分で情報収集できた時には本当に嬉しかった。
出来る限り第3者を通すのではなく、Ptに直接触れ合い、声を聞いていいたい、もっともっと語学を身につけ、より多くの患者さん、村の人々と触れ合って行きたいと思った。
嫌な顔一つせず、必死に聞き取ろうと周りにいる人巻き込んでまで、笑顔で答えてくれた患者さん達、本当にありがとう。
診療所では、マラリアの患者が多く、毎日30人以上の患者を先生が一人で見ていた。また、診察だけではなく、受付や検査、薬、会計等の部門は、皆スーダン人であり、彼らと共同に運営するにあたって、経済面、生活面、多くの部分で試行錯誤しながら日々奮闘し、より良い環境作りを。と走り続けている先生がいた。全てを日本の方式や物を持ち込んで、そのまま運営するのではなく、その地に適したものを探し、そこに在る物を使う。これが、この地での人々からの信頼を受け尊敬の念を置かれている一つの要因ではないだろうかと感じた。
村では、寝床を共にし、朝早くから夜遅くまで同じ現場で働く。先生を筆頭に互いに助け合いながら、尊重し合い、本当に思いやりを持って行動している。今まで大学の授業や実習でもチーム医療の重要性を学ぶ機会は会ったが、今回スーダンに来て、村での生活を通し改めて実感する事が出来た。
この10日間、村での慣れない生活の中、大変な事も沢山あったけれど、多くの人達に助けられ励まされ、何よりも、あの子ども達の満面の笑みに囲まれて過ごした日々、一生忘れる事の出来ない思い出となった。心底このチームの一員となりたいと思った。
この風、この大地が大好きです。いつの日か成長し、この地へと戻って来たい。
流れ星は見れなかったけれど、スーダンの夜空一面に輝きを放つ満月に願いを込めて。