アフリカの医療支援|認定NPO法人ロシナンテス

「医」を届ける。明日を生きる笑顔のために私たちは手を取り合います。

写真 / 内藤順司

  1. HOME
  2. ロシナンテスとは

ロシナンテスとは

病院がない。医者がいない。
発展途上国には、厳しい現実がまだまだ存在します。
ロシナンテスは、そのような地域に暮らす人たちに医療を届ける活動を続けています。
医療施設のない村々を回って医療を提供し、国や地域と協力しながら診療所をつくり、給水所の整備や学校建設、栄養改善なども含めた包括的な保健事業を整備することで、現地の人たちだけで医療を継続できる仕組みづくりをしています。
これまで主にアフリカのスーダン・ザンビアで活動し、人々が「医療」を自分たちのものにするための支援をしています。

ミッション使命・役割

病院が無いなどの理由で、必要な保健医療が受けられない地域に、医療が届く仕組みを整備することで、一人でも多くの命を救う。 そして、誰もが健やかに生きることができる環境をつくる。

ビジョン目指す将来像

支援した地域の人たちが、「医療」を自分たちのものとし、
地域の人たちだけで医療を継続できる仕組みが根付いている世界。

バリュー活動理念

・目の前で困っている人を助ける
・家族の絆と地域の和を大切にする
・一人はみんなのために、みんなは一人のために

由 来

ロシナンテスの名前は、小説「ドン・キホーテ」に出てくる
ドン・キホーテの乗る痩せ馬のロシナンテに由来しています。
「私たち一人ひとりは痩せ馬ロシナンテのように無力かもしれない、
しかし、ロシナンテが集まりロシナンテスになれば、きっと世界を笑顔にできるはず」
という想いをこめて「ロシナンテス」と名付けました。

なぜスーダン
なのか

2002年、川原は大使館の医務官としてスーダンに赴任しました。しかし、日本政府は当時内戦中のスーダンへの援助を停止していたため、目の前で苦しむスーダンの患者さんを救うことが許されなかったのです。川原は外務省を辞して、スーダンで医療支援を始めました。これが、ロシナンテスの活動のきっかけです。
スーダンの人々は決して裕福ではない生活の中でも明るく懸命に生き、余所から来た人に対してとても親切に振舞ってくれます。こうした人間性に加え、すぐそばには広大な土地やナイル川という資源もあります。つまり、政治状況が安定さえすれば、スーダンは発展していく可能性を秘めているのです。
もちろん、スーダン以外にもさまざまな国や地域が援助を必要としているのは承知しています。ですが、私たちロシナンテスはこのご縁を大切に、スーダンでの活動を続けています。

ごあいさつ

いつも、ロシナンテスを応援して下さり、誠にありがとうございます。
2002年外務省の医務官として赴任したのが、アフリカのスーダンでした。当時は内戦の只中でした。日本政府からの支援は、欧米諸国と同じく1992年から途絶えており、医療施設は全くと言ってよいほど十分なものではありませんでした。
「目の前に病んだ人がいても何もできない!」
2005年に外務省を辞して、スーダンで医療活動を開始しました。
それから10年以上が経過しました。
日本でもスーダンでも、大変多くの方々に支えられながら、スーダンでの活動を継続することが出来ています。
衷心より感謝を申し上げたいと思います。

ロシナンテスは、世界のどこにでも「医」を届ける!ことを目指しています。
ここで、「医」と特別に表現しているのは、日本で通常考えられる医療よりも、アフリカ・スーダンでは、もっと広範囲に医療を捉えねばならないからです。
そもそも水がない、その地域に学校がなく医師や看護師を育てられない、などの事情があります。井戸を掘り給水施設を作る、あるいは学校を建てるなども、医療につながると考え、あらゆることを含めて「医」と表現しています。
日本からスーダンに「医」を届けていきますが、将来的には、日本とスーダンが一緒になって新たな「医」を作り出していきたいです。
日本にあってスーダンにないもの、スーダンにあって日本にないもの、それらを組み合わせていけば、新たな価値のある「もの」「こと」の創出につながると信じています。
日本にある技術や、その技術の応用で、スーダンの地域の人々の生活が向上することでしょう。
これら新しく創出された「もの」「こと」は、地域の人々の暮らしのためであり、これはスーダンのみならず、他のアフリカ諸国、さらに日本の地域の発展にも、良い影響を与えていくものと信じています。
ロシナテスは、スーダンを舞台にして、新しい価値を創出する「場」を提供して参ります。
そのためにも、皆様方の協力が必要です。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

■プロフィール

川原 尚行
1965年福岡県北九州市生まれ。1984年福岡県立小倉高等学校卒。
1992年九州大学医学部を卒業後、九州大学第二外科(現:消化器・総合外科)に入局し同外科および広島赤十字・原爆病院で研修を行う。
九州大学大学院修了ののち、1998年外務省入省。在タンザニア日本大使館に二等書記官兼医務官として着任。その後ロンドン大学(イギリス)で熱帯医学を履修し、2002年在スーダン日本大使館に一等書記官兼医務官として着任。2005年1月、外務省を辞職し同年4月よりスーダン国内での医療活動を開始。翌2006年5月、北九州市に「NPO法人ロシナンテス」を設立。同年8月スーダン共和国政府より国際NGOとして正式に登録される。