特定非営利活動法人ロシナンテス

活動報告ブログ

ロシナンテスからの活動情報をご案内します。

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川原ブログ2017.02.08

北コルドファン州栄養改善事業

検査を待つ親子①

 

北コルドファン州での栄養改善事業ですが、
WFP、 スーダンのNGOであるSIDO(サイド)、北コルドファン州の保健省、さらに住民のボランティアの方々との共同で行われています。
5歳以下の乳幼児、妊産婦の上腕周囲を計測することにより、栄養状態をチェックします。栄養状態が悪いと判断されれば、入院または通院で栄養補助剤の投与を行います。

 

乳幼児の腕の太さを測定中

 

この計測の際に使用されるのが、MUAC(上腕周囲径測定帯)というメジャーです。
MUACを使って上腕の周囲を測定することで、乳幼児や妊産婦の栄養状態を素早く簡易的に分析でき、栄養不良が確認された場合はすぐに妥当な診療をすることができるのです。

 

MUAK(上腕周囲径測定帯)

 

結果は「レッドゾーン」。
(赤い色は栄養不良の可能性がある危険な状態を示します)

 

検査の結果、栄養補助食品を処方され補給している子ども

 

北コルドファン州保健省では、我々が行っている事業で随分と栄養改善が進んだと評価してくれました。
さらに、広い地区を対象にこの事業を拡大して欲しいとの依頼を受けました。
この地域はアクセスがとても悪く、オフロードを2時間以上ランドクルーザーを走らさないといけません。

 

北コルドファン州へ続くオフロード

 

オフロードでは、砂地が柔らかく滑りやすいので
あえてタイヤの空気圧を下げて走行します

 

 

ロシナンテスが行っているハルツーム州の巡回診療よりも過酷な環境です。しかし、巡回でのワクチン接種や栄養改善事業を、北コルドファン州は拡張したいようです。
さらに水のアクセスがとても悪いようで、地域住民、北コルドファン州政府からも水の開発が一番の問題とのことでした。
さらに、教育のことや医療のことなど多岐にわたり話し合いを行ってきました。
ロシナンテスは北コルドファン州での栄養改善事業を継続するともに、今後何ができるのかを考えていきたいと思います。

 

 

川原尚行

川原ブログ2017.02.02

米国大統領令へのスーダンの反応

米国のトランプ大統領が、スーダンを含む中東アフリカ7カ国の、米国への入国を制限する大統領令を発したことで、混乱を来たしているようですが、現在のスーダンでの様子をお伝えします。
スーダンの街の様子は、いつもと変わりなく淡々としています。

 

いつもと変わらず穏やかに流れるナイル川

いつもと変わらず穏やかに流れるナイル川

 

私の友人に、今回の米国の大統領令のことを聞くと、うつむきながら、
「スーダンは前からテロ支援国家に指定されているので、いろんな制限を受けている。現在のスーダンの政権が変わらない限り難しい状態は続くよ」と答えてくれました。

 

その通りで、スーダンは、以前よりテロ支援国家に指定され続けています。
しかし、昨今のニュースを見る限りスーダンではテロは起きていません。
また、スーダン人が関わったようなテロも見ることはありません。
過去に、オサマ・ビン・ラーディンがスーダンに潜伏していたことはありますが、その後、スーダンから国外追放になっています。
ビン・ラーディンがテロに関わっていたことは周知のことですが、ニューヨークでのテロが起こったのは彼がスーダンを国外追放になってからです。
それが根底にあるのか、南スーダンの独立を認めても、まだテロ支援国家に指定されたままです。

上空から見たスーダンの街

上空から見たスーダンの街

そのような中、米国にいるスーダン人は、少なくありません。
私のスーダンの友人の家族も米国にいるのですが、今後家族とどう会うのか、頭を抱えています。
スーダンから米国へは渡航できませんし、米国にいるスーダンの人がスーダンに里帰りした後に、米国に再入国できるのか不明だからです。
スーダンは、家族の絆がとても強いです。
日本では、「便りのないのは良い知らせ」とも言われますが、スーダンの人たちはインターネット電話などを通じて、海外の家族とも日頃から連絡を取り合っています。
そして、スーダンの人たちは、イスラムの祝祭日には、日本の正月やお盆のように故郷に戻って、家族との時間を楽しみます。
それが現状では困難になっていることに、大きな不安を抱えています。

 

また、スーダン人の医師が、米国で高度医療の研修をするように計画していましたが、延期にせざるをえませんでした。
スーダン人国籍の米国にいる医師が、サウジアラビアから米国に帰国しようとして、入国を拒否されたという報道もありました。

 

私の周囲の日本人で、戦前のイラクやシリアに渡航経験のある人は、「当時のイラクやシリアの人たちは、スーダン人のように皆優しく、治安もとても安定していた。」と言っています。
スーダンにも、現在多くのシリア難民が入ってきています。
シリア人と話す機会もありますが、現在の報道以上に現場は惨憺たるものだそうです。
スーダンがシリアのようになる可能性は、悲しいことに完全には否定できません。

 

3

 

この写真のように、スーダンの人たちの温かい微笑みを見ると、戦乱にならないことを祈るのみです。
そのためにも、我々は、ここスーダンで踏ん張り、地域医療に貢献していきたいと思います。

 

川原尚行
スタッフブログ2017.01.30

【アルタイブ 茜】巨大送迎トラック現る!

先日のアルセレリア小学校のエコバックに続き、
目を引いたのがこちら!

DSC_0127

『ドンッッッ! でか!!』

巨大トラックなのです。校庭の隅に止まると子供たちがぞろぞろ乗り込むじゃ~あ~りませんか!
聞くところによると遠い地域から来ている子供たちを地域ごとに降ろす送迎バスならぬ、
‟送迎トラック”だそうです。各家庭には送り届けることはできないけど。。。ってそりゃそうですよね。すごい人数を運んでおります。
首都のハルツームでは見ることの出来ない村落地方珍百景です。
10年以上スーダンに住んでいる私もこれにはびっくりしました。
これも村落地方生活の知恵。。。
今日も笑顔で皆頑張って~~~~♪

 
あかね@ハルツーム

スタッフブログ2017.01.26

【アルタイブ 茜】村で流行りの学生カバンを激写!

昨日村へ行った時の一コマです。
ロシナンテス巡回診療地域に建設されたアルセレリア診療所の向かいにある、
アルセレリア小学校へ久しぶりに足を運びました。
今回は素敵な発見がありました。

特に女の子に多かったのですが、エコバッグ?を持った生徒が多くいました。
村落地方ではカバンを買うお金がありませんので、試行錯誤して生み出した
通学バッグなのだと思います。

近くに行って見せてもらいました。
恥ずかしそうにお母さんと一緒に見せてくれました!!

DSC_7435

これは洗濯用洗剤の袋を再利用したバッグです。
お母さんが袋を切って両端に穴をあけひもを通して作ります。
この洗濯用洗剤の袋は非常に頑丈に出来ているのです。
元気な子供達にはピッタリな素材だと感心しました。

ちゃんと教科書サイズに合わせてお母さんは作っているのですね^^
ちょうど下校中に発見しましたがパッと見たところ
10人位の女子生徒が同じようなバッグを持っていました。
写真の緑の袋が多かったですが紫色もありました。
洗剤メーカーによって違うんですね。

母の愛と生活の知恵を感じた光景でした。
勉強も頑張れよ~~~~♪

あかね@ハルツーム

川原ブログ2017.01.24

スーダン首都でのマラソン大会

いつも、ロシナンテスを応援して下さり、誠にありがとうございます。
 先週の土曜日にハルツームでマラソン大会がありました。
マラソン4
いつものように快晴の中、主催者発表で1,600名の参加(実際はもっと少なかった感じです)、80%がスーダン人で、20%が外国人でした。
 マラソン1
青年海外協力隊や難民を助ける会のスタッフなど、多くの日本人の参加者がありました。
スタート地点は、青ナイル川にかかる新しい橋(マンシーア・ブリッジ)の近くです。
スタートしてから、しばらく青ナイル川沿いにナイルストリートを走り、右に折れ、60番ストリートを南下します。
マラソン3
このマンシーア・ブリッジ、ナイルストリート、それに60番ストリートは全て、内戦終了後にできたものです。
私がスーダンに初めて来たのが、2002年。
内戦の最中でした。
夜間外出禁止令が出ていて、ナイルに架かる橋を渡る時は車のヘッドライトを消さなければいけませんでした。
敵に攻撃されるのを防ぐためのようです。
国の予算の大部分は戦費に使われ、医療はもとより、道路の整備など、ほとんど進んでいない時代でした。
内戦後、ナイル川沿いに新しい道が作られ、その沿道にカフェ(と言ってもお茶屋さんの域を出ませんが)が並び、夜になると家族連れや、最近ではカップルなどでも大変賑わっています。
そして、マラソン大会の開催です。
スーダンの若い女性の参加者もいます。
私の見たイスラムの世界では、女性が走るなんて、ほとんど見かけなかったものです。
なんと、平和なスーダンになったのでしょう!と、感じられるマラソン大会でした。
スタート地点に参加者が集まりますが、なかなか号砲が鳴りません。
先頭の方で写真撮影があっているようです。
期待していた号砲はならずに、静かにスタート。
マラソン4
私は後方地点から、ゆっくりとスタートを切りますが、そのうちにマジに走る若者についていきたくなり、いつもを上回るペースで走ってしまいます。
9時半くらいにスタートでしたので、太陽はすでに高い位置にあり、気温もぐんぐんと上昇。
30度は超えていたでしょう。
沿道には、警官も出て、警備をしていますが、そんなのもお構いなしに普通に車が何台も参加者が走る横を過ぎ去っていきます。
自分の安全は、自分で守る!という基本に忠実であらねばなりません。
途中でチェックポイントが何箇所かあり、色札のついた輪ゴムを渡されます。
ズルをして、車で移動する人を除外するためでしょうか、一生懸命に運営しているのがわかります。
給水所もあり、水を飲んだり、頭からかぶったりしました。
走り終われば、6キロの距離でした。
ロシナンテスのスタッフの渡邊、他の日本人の方々も無事に走りきりって、笑顔で終了しました。
マラソン5
主催者の話によると半年に一度の割合でマラソン大会を開催したいそうです。
マラソン大会が継続するように、平和が続くことを祈っています。