特定非営利活動法人ロシナンテス

活動報告ブログ

ロシナンテスからの活動情報をご案内します。

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川原ブログ2019.06.13

駐在スタッフ帰国の御礼とスーダンの現状

多くの皆さまにご心配をおかけしておりましたスーダン駐在職員3名が、無事に帰国いたしました。国外退避にあたりご尽力いただいた皆さま、気にかけてくださった皆さま、そして迅速に動ける体制、組織基盤を支えてくださっているご支援者の皆さまに心より感謝申し上げます。

2019年4月11日、30年間独裁政治を行ってきたバシール大統領が軍によって身柄が拘束され解任となりました。その後、暫定軍事評議会が設置されましたが、民衆は民政移管を求めての抗議活動を継続、軍本部前の周辺道路にバリケードを築き、平和的に座り込みを行なっていました。しかし6月3日、デモ隊を強制排除するために、軍事評議会が実弾を用いて座り込みをする人たちを攻撃し、100人を超える犠牲者が出ました。1ヶ月のラマダン(断食月)を終え、休暇に入ってすぐの出来事でした。

現地には日本人スタッフが3人滞在していましたが、治安の急速な悪化に伴い、全員の国外退避を目指して全力で動いてきました。1人は6日(木)に出国でき、2人を残すのみでした。現地ではインターネットが遮断され連絡がつきづらい状態でしたが、国際電話を用い何とかスーダンと連絡を取っていました。

7日(金)、国連がチャーターする飛行機にNGOスタッフも搭乗できるとの情報があり、彼らの座席を確保しましたが、出国ビザが取れずに残念ながら飛行機に乗ることができませんでした。スーダンでは滞在ビザを持っている人は、出国ビザを取らないと出国できない制度であり、通常申請してから取得するまで1週間から2週間かかります。治安が悪化して、出入国管理局の事務所に行くこと自体が危険と思われる状況でしたが、在スーダン日本大使館の支援があり、管理事務所に行って手続きを行い、即日で彼らの出国ビザが入手することができました。大使館の支援がなければ、このように短期間でビザの入手はできなかったことでしょう。

エミレーツ航空をはじめ、スーダン発着の商用フライトの多くがキャンセルとなっていましたが、8日(土)、エチオピア航空が予約できました。飛ぶことを祈っていたものの、このフライトも結局キャンセルとなりストレスが増す状態になりましたが、幸いにも翌9日(日)のエチオピア航空の予約が取れました。再びフライトがキャンセルにならないことを職員一同が祈る中、ローカルスタッフ・ラビアの夫モハメドが運転して空港まで彼らを無事に届けてくれました。治安の悪い中、事務所のある建物にラビアとモハメドがいてくれて本当に助かりました。あとは飛行機が飛んでくれるかどうかでした。

彼らが空港へ向かったその日、日本では当団体の総会と活動報告会が開催されていました。報告会の最中に、無事チェックインできたことがわかり、会の終了後、彼らが搭乗する飛行機が離陸したのを確認しました。そして10日(月)夜、無事に成田空港に到着することができました。

ロシナンテスのスタッフが無事に帰国できましたのは、外務本省、在スーダン日本大使館、そして現地と日本で多くの貴重な情報を共有いただきました日本国際ボランティアセンター(JVC)、難民を助ける会(AAR Japan)、その他数多くの関係者の方々のご尽力によるものです。職員一同、心から感謝申し上げます。

私はスーダンに昨日行く予定でしたが、しばらくは日本に滞在し、現地にいるスタッフを通じて状況を見極める予定です。一刻も早くスーダンの治安が回復し平和になることを心から祈っています。

無事に帰国した二人と!

 

川原ブログ2019.06.04

均衡が破られた月曜日

今の時期は、断食月のラマダンが終わり、休暇をみんなで楽しんでいる時です。そんな平和的なお休みが一瞬にして壊されました。

昨日、スーダン滞在のスタッフから「銃声が聞こえている」と連絡がありました。その後私のスーダン人の友人からも、抗議デモをしていた人たちを軍人が荒っぽい方法で追い立てている様子のビデオが送られてきました。4月11日にバシール大統領が退陣してから、民衆は軍本部前にバリケードを築き周辺一帯を占拠、一刻も早く軍制から民政への移行するよう訴えていました。軍部はそうしたデモ隊を、銃弾を用いて強制排除したようです。スーダン医師会の発表では、100名以上の負傷者がおり、死者も出ています。

そのような状況ですが、ロシナンテスの事務所、スタッフの住居の安全は確保されています。私は今週末の総会に向けて帰国中だったため、今朝のLINE通話では、スタッフの声を聞くことができて一安心しました。引き続きスタッフの安全を確保するために尽力していきます。

民衆の抗議デモは、ボランティアの精神を持ち、みんなで助け合いながら、非暴力に徹し平和的に行われていました。それだけに、その民衆に向けて発砲されたことに強い怒りを、多くの犠牲者が出たことに深い悲しみを覚えます。私の友人は、「軍制から民政に移行されるまで抗議デモを続ける。このことを日本に知らせてくれ!」とメッセージを送ってきました。

天安門事件が起きてから30年目だそうです。洋の東西を問わず、人間というものは本当に愚かなものだと思います。30年前と比べてよくなったと思うのは、ネットが発達して、世界の距離感が短くなり、スーダンと日本の連絡が容易になったこと。
我々にできることは、こうしたツールを使って今スーダンで起きていることを皆様にお伝えし、現地で困っている人たちのために何ができるか、考えていくことです。少しでも平和に近づくことを願います。

川原ブログ2019.04.25

ザンビアでの事業開始準備のお知らせ

ロシナンテスをいつも応援してくださり、本当にありがとうございます。

この度、ザンビアで本格的に事業を開始すべく、準備を進めていくこととなりましたので、皆さまにこの場を借りてご報告させていただきます。

昨年から、スーダンで学んできた知見を活かし、活動できる国はないかと思っていました。また、日本のNGOや団体が一生懸命に他の国で支援事業を行なっており、そこから学べる点があるとも考えました。

そこで、アフリカで活躍する団体や先生がいらっしゃらないかと周囲を見渡していると、昨年3月に出席した式典で、ザンビアでの医療活動に対して山元香代子先生が表彰されていました。山元先生のスピーチの中で、「私が日本にいる間も、ザンビアのスタッフが頑張って巡回診療を行っています」という言葉に感動し、山元先生の活動から学ぶ点があるはずと思いました。
また、東日本大震災で一緒に支援活動をしたこともある徳島を本拠地とするTICO(ティコ、Tokushima International Cooperation)が、ザンビアで医療支援活動をしていたことを思い出しました。我々も北九州を本拠地としており、地方からアフリカの医療支援している団体として共通点も多くあります。さらにTICOは、徳島の地域医療でも大いに貢献しており、我々が学ぶことが多いように思えました。
調べていくと、AAR(難民を助ける会)、ジョイセフ、結核予防会などの団体も医療活動を展開していることがわかりました。
リビングストンに近いジンバという地域にある病院で活躍する三好康広先生は、学生時代スーダンに来訪し、ロシナンテスの活動を見てくださいました。
また秋田大学医学生の宮地貴士君は、スーダンで我々が建設する地域の診療所を見て、ザンビアにも診療所を作ろうと仲間の医学生らとともに頑張っています。

これはザンビアにご縁があると思い、昨年夏と今年の春にスタッフの堺遥とともに現地を視察に行きました。各団体、またそれぞれの方が、本当に素晴らしい活動をされていてとても勉強になりました。ザンビアもスーダン同様、地域の村々には病院や診療所がないところが多く、地方政府での予算が十分でない中、医療をどう届けるのかの課題は同じでした。ザンビアでのそれぞれの団体の取り組みは、今すぐにでもスーダンに紹介したいものもあり、また逆にスーダンでの経験がザンビアで活用できるのではとの実感も持てました。

ロシナンテスを設立して14年目、日本では平成から令和という新しい時代を迎えるこの年に、スーダンとともにザンビアで事業展開を行うことを決めました。

そこで、皆さま方へのお願いがございます。ザンビアでの事業を行うために、我々と一緒に働いてくださる方を募集します。とくにアフリカの保健分野で地域医療に取り組みたい方は、ぜひとも応募してください。
https://www.rocinantes.org/about/recruit/
どうぞ、よろしくお願いいたします。

実は、ザンビアで視察を行っている最中にスーダンで政情不安定との報告があり、堺に後を任せて、急遽ザンビアから戻りました。スーダンに到着した翌日に大統領が解任されるというタイミングでした。民衆は現在も、暫定軍事政権ではなく民政への早期移行を主張しての抗議デモを継続しており、本日4月25日には軍本部前で、大統領解任後最大の抗議集会を予定しています。
現在も落ち着いていない状態ではありますが、民衆の力で勝ち取ってきたこのダイナミックな動きを目の当たりにし、スーダンの国民にとって大切な時期をともに過ごせているというのは、とても感慨深いものがあります。愛するスーダンに明るい未来が開けることを祈りつつ、事業をさらに躍進させていけるよう引き続き尽力してまいります。

スーダン、ザンビアと活動範囲が広がりますが、北九州本部、東京事務所、スーダン事務所、そして開設するザンビア事務所のスタッフが一丸となって地域医療に取り組んでまいります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

川原ブログ2019.04.12

バシール大統領解任、スーダンでのクーデターに寄せて

いつも、ロシナンテスを応援し、スーダンに関心を寄せて下さり、誠にありがとうございます。

 

さて、ニュースでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、4月11日、スーダンにおいて30年間実権を握ってきたバシール大統領の解任が発表されました。これは地方でのデモが発端となっています。昨年12月19日にパンの値段が3倍に値上げされたことに対する抗議デモが地方都市アトバラで起こり、これがスーダン全土に瞬く間に広がっていきました。その後、経済の混乱を招いたのは大統領であると、大統領退陣要求へと変遷していきました。このデモは、大学教員、ジャーナリスト、弁護士、医師らによって構成されたスーダン専門職組合(SPA, Sudanese Professionals Association)などが指導したもので、非暴力に徹し、今まで継続されてきました。

過去に遡ると、1985年4月6日、軍部がクーデターによってヌメイリ大統領を失脚させた歴史があります。今回、この4月6日から、昨年末以来最大規模のデモが行われ、大統領居住域と隣接する軍本部周辺に数万人規模の群衆が集結し座り込みがはじまりました。座り込みから6日目の4月11日午後、スーダン国軍が国営放送を通じて、軍がバシール大統領を拘束したこと、軍評議会が2年間暫定的に政権を運営し、その後に民主的な選挙を行う予定であることをアナウンスしました。

一部報道では軍によるクーデターとなっています。しかし実際は、民衆が主導して反政府デモを継続したことで、最初は大統領の指揮下にあった国軍が民衆側に賛同し、最終的に大統領を退陣させたというもので、民意の勝利と言えるでしょう。

国軍は、バシール大統領に近い人物を暫定政府の指導者に就任させると発表し、民衆は不満を表明していますが、独裁を30年間継続してきたバシール大統領を平和裡に退陣に追い込んだ民衆の力には驚かされるばかりです。

 

私が大使館の医務官としてスーダンに赴任してきたのが2002年。まだ内戦の最中でした。それから17年、スーダンの状況は劇的に変化してきています。2005年、内戦終結後にスーダン第一副大統領に就任した南部出身の指導者ジョン・ギャランが航空機事故で亡くなり、国中が大混乱になりました。その後6年間の暫定政権を経て、2011年、南スーダンが分離独立し、スーダンの主な収入源である原油のほとんどが南スーダンの所有となりました。2017年、20年続いた米国からの経済制裁が解除されましたが、スーダンの経済状況は改善せず、民衆蜂起からの大統領退陣へとつながりました。バシール大統領には国際刑事裁判所から、2003年に勃発したダルフール内戦に起因して逮捕状が出されています。また米国からテロ支援国家に指定されていることもあり、バシール大統領退陣が、スーダンを取り巻く状況に良い影響を与えると思われます。

 

現在ロシナンテス・スーダン事務所のスタッフの安全は確保されています。ハルツーム空港が閉鎖され、政府機能が麻痺しているなど、今後どのようになるのか不透明な部分が多い状態ですが、状況を見極め、日本人スタッフの国外退避なども含めて検討していきたいと思います。

ロシナンテスは、2006年にスーダン政府に国際NGOとして登録され、現地の人たちとともに、病院のない地域に医療を届ける事業を行ってきました。巡回診療を行い、診療所を建設し、井戸を掘り給水所を設け、女子小学校を建設し、地元の人たち、地方政府に引き渡してきました。これらの事業が継続されさらに発展していくことを、引き続き見守っていきたいと思います。今はスーダン国内が混乱していますが、予定していた事業に関しては、混乱が収束し、安全が確保される状況を待って実施していきたいと思います。

 

新しい政治体制のもと、スーダンに平和が定着し、人々に笑顔が広がることを願いつつ、ロシナンテススタッフが一丸となって、スーダンの人たちと力を合わせて、地域社会へ医療を届けられるように今後も頑張りたいと思います。

 

みなさま、ロシナンテスの応援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

川原ブログ2019.01.27

若きラガーマンの感想文をご紹介

早くも1月が終わろうとしていますが、あらためまして本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年末年始を日本で過ごし、いくつかの仕事を終えて、スーダンに帰任しています。

スーダンは、昨年末から物価が高騰、特にパンの値段は3倍にも跳ね上がり、普段はおとなしいスーダンの人たちもデモを行うようになりました。現在も断続的に行われており、先週末には大規模なデモも実施されました。
混乱のさなかではありますが、来月には北コルドファン州に出張予定です。スタッフの安全に最大限の注意を払いながら、活動を続けていきます。

さて、先日、長崎市西端にある野母崎中学校で特別授業を行いました。学校の運動場の前には大きな海が広がっており、こんなところで勉強できれば、心豊かに育つだろうと感じる環境でした。

長崎とのご縁は、2011年に訪日した南北スーダンの子供たちが、平和学習のために訪問したことから始まります。東日本大震災で被災した子供たちとの交流のために東北を訪れていたスーダンの子供たちを、長崎にも連れて行ったのです。このことがきっかけとなり、長崎の小中学校から時々特別授業の依頼をいただくようになりました。

この日は全生徒70数名が小さな音楽室に集まりました。生徒さんたちに講演のお手伝いをお願いしたところ、大きな体格の男子生徒が手を挙げてくれました。聞けば、ラグビーをしているとのこと。私もラグビー経験があるので、とてもうれしく、「どう思う?」「君ならどうする?」などと彼に話しかけながら講演を進め、楽しい時間を過ごすことができました。
講演の時の私を見つめる彼らの輝ける瞳が今でも脳裏に焼き付いています。

スーダン帰任後、学校から感想文が送られてきて、とてもうれしく拝見しました。本当はすべてを紹介したいのですが、校長先生からの許可を頂いて、ここでは若きラガーマンの感想文のみを紹介します。

中学生たちのあたたかい応援を胸に、今後もスーダンで頑張ります!