特定非営利活動法人ロシナンテス

活動報告ブログ

ロシナンテスからの活動情報をご案内します。

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川原ブログ2019.04.12

スーダンでなされたクーデターに寄せて

いつも、ロシナンテスを応援し、スーダンに関心を寄せて下さり、誠にありがとうございます。

 

さて、ニュースでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、4月11日、スーダンにおいて30年間実権を握ってきたバシール大統領の解任が発表されました。これは地方でのデモが発端となっています。昨年12月19日にパンの値段が3倍に値上げされたことに対する抗議デモが地方都市アトバラで起こり、これがスーダン全土に瞬く間に広がっていきました。その後、経済の混乱を招いたのは大統領であると、大統領退陣要求へと変遷していきました。このデモは、大学教員、ジャーナリスト、弁護士、医師らによって構成されたスーダン専門職組合(SPA, Sudanese Professionals Association)などが指導したもので、非暴力に徹し、今まで継続されてきました。

過去に遡ると、1985年4月6日、軍部がクーデターによってヌメイリ大統領を失脚させた歴史があります。今回、この4月6日から、昨年末以来最大規模のデモが行われ、大統領居住域と隣接する軍本部周辺に数万人規模の群衆が集結し座り込みがはじまりました。座り込みから6日目の4月11日午後、スーダン国軍が国営放送を通じて、軍がバシール大統領を拘束したこと、軍評議会が2年間暫定的に政権を運営し、その後に民主的な選挙を行う予定であることをアナウンスしました。

一部報道では軍によるクーデターとなっています。しかし実際は、民衆が主導して反政府デモを継続したことで、最初は大統領の指揮下にあった国軍が民衆側に賛同し、最終的に大統領を退陣させたというもので、民意の勝利と言えるでしょう。

国軍は、バシール大統領に近い人物を暫定政府の指導者に就任させると発表し、民衆は不満を表明していますが、独裁を30年間継続してきたバシール大統領を平和裡に退陣に追い込んだ民衆の力には驚かされるばかりです。

 

私が大使館の医務官としてスーダンに赴任してきたのが2002年。まだ内戦の最中でした。それから17年、スーダンの状況は劇的に変化してきています。2005年、内戦終結後にスーダン第一副大統領に就任した南部出身の指導者ジョン・ギャランが航空機事故で亡くなり、国中が大混乱になりました。その後6年間の暫定政権を経て、2011年、南スーダンが分離独立し、スーダンの主な収入源である原油のほとんどが南スーダンの所有となりました。2017年、20年続いた米国からの経済制裁が解除されましたが、スーダンの経済状況は改善せず、民衆蜂起からの大統領退陣へとつながりました。バシール大統領には国際刑事裁判所から、2003年に勃発したダルフール内戦に起因して逮捕状が出されています。また米国からテロ支援国家に指定されていることもあり、バシール大統領退陣が、スーダンを取り巻く状況に良い影響を与えると思われます。

 

現在ロシナンテス・スーダン事務所のスタッフの安全は確保されています。ハルツーム空港が閉鎖され、政府機能が麻痺しているなど、今後どのようになるのか不透明な部分が多い状態ですが、状況を見極め、日本人スタッフの国外退避なども含めて検討していきたいと思います。

ロシナンテスは、2006年にスーダン政府に国際NGOとして登録され、現地の人たちとともに、病院のない地域に医療を届ける事業を行ってきました。巡回診療を行い、診療所を建設し、井戸を掘り給水所を設け、女子小学校を建設し、地元の人たち、地方政府に引き渡してきました。これらの事業が継続されさらに発展していくことを、引き続き見守っていきたいと思います。今はスーダン国内が混乱していますが、予定していた事業に関しては、混乱が収束し、安全が確保される状況を待って実施していきたいと思います。

 

新しい政治体制のもと、スーダンに平和が定着し、人々に笑顔が広がることを願いつつ、ロシナンテススタッフが一丸となって、スーダンの人たちと力を合わせて、地域社会へ医療を届けられるように今後も頑張りたいと思います。

 

みなさま、ロシナンテスの応援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

川原ブログ2019.01.27

若きラガーマンの感想文をご紹介

早くも1月が終わろうとしていますが、あらためまして本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年末年始を日本で過ごし、いくつかの仕事を終えて、スーダンに帰任しています。

スーダンは、昨年末から物価が高騰、特にパンの値段は3倍にも跳ね上がり、普段はおとなしいスーダンの人たちもデモを行うようになりました。現在も断続的に行われており、先週末には大規模なデモも実施されました。
混乱のさなかではありますが、来月には北コルドファン州に出張予定です。スタッフの安全に最大限の注意を払いながら、活動を続けていきます。

さて、先日、長崎市西端にある野母崎中学校で特別授業を行いました。学校の運動場の前には大きな海が広がっており、こんなところで勉強できれば、心豊かに育つだろうと感じる環境でした。

長崎とのご縁は、2011年に訪日した南北スーダンの子供たちが、平和学習のために訪問したことから始まります。東日本大震災で被災した子供たちとの交流のために東北を訪れていたスーダンの子供たちを、長崎にも連れて行ったのです。このことがきっかけとなり、長崎の小中学校から時々特別授業の依頼をいただくようになりました。

この日は全生徒70数名が小さな音楽室に集まりました。生徒さんたちに講演のお手伝いをお願いしたところ、大きな体格の男子生徒が手を挙げてくれました。聞けば、ラグビーをしているとのこと。私もラグビー経験があるので、とてもうれしく、「どう思う?」「君ならどうする?」などと彼に話しかけながら講演を進め、楽しい時間を過ごすことができました。
講演の時の私を見つめる彼らの輝ける瞳が今でも脳裏に焼き付いています。

スーダン帰任後、学校から感想文が送られてきて、とてもうれしく拝見しました。本当はすべてを紹介したいのですが、校長先生からの許可を頂いて、ここでは若きラガーマンの感想文のみを紹介します。

中学生たちのあたたかい応援を胸に、今後もスーダンで頑張ります!

川原ブログ2018.07.16

【豪雨災害】アフリカの地より復興を祈っています。

西日本豪雨災害で犠牲になられた方々にお悔みを申し上げますとともに、被害を受けられた皆さまにお見舞い申し上げます。
スーダンから被災地の一日も早い復興を祈っています。

私自身、すぐにでも被災地に駆けつけて支援活動を行いたいのですが、現在スーダンの事業で多忙を極めており、帰国せずにアフリカに留まることにします。

大きくなっていく被害状況を見て心を痛める中、北九州また広島にいるロシナンテスの支援者の方から知らせがありました。それぞれ自分の出来る範囲で困っている人に手を差し伸べようと一生懸命に支援活動に汗を流しているということです。支援活動が自発的に起こっていることを聞くにつれ胸が熱くなり、遠く離れているアフリカから応援しています。

以下、参考情報です。

自ら体を使ってボランティアを行いたい方は、全国社会福祉協議会による被災地支援・災害ボランティア情報をご覧ください。13日午前10時半現在、13府県59市町に「災害ボランティアセンター」が開設されています。各市町村でボランティア受け入れ条件が異なってきますので、ご注意ください。
https://www.saigaivc.com/20180715/

義援金を被災された方に届けたい場合は、日本赤十字社の情報をご覧ください。
http://www.jrc.or.jp/contribute/help/307/index.html

最後に、NGOを通じて支援したい方は、下記のサイトが参考になります。
http://www.janic.org/blog/2018/07/09/emergency_westernjapan_floods/

これで全てを網羅している訳ではなく、多くの方々、団体が支援活動をされています。

困っている人のために、何かをしようと行動する人を私は応援します。

川原尚行

マラリア予防のために地域住民へ蚊帳を配布しました

川原ブログ2018.04.25

水基金 目標達成の御礼

いつも、ロシナンテスを応援して下さり、誠にありがとうございます。

清水寺と協働して、水基金2018「命を守り、育む『清き水』をスーダンに」というプロジェクトを立ち上げ、4月15日に清水寺で講演を行いました。
中学の修学旅行で初めて清水の舞台に立ち、友達と歓声を上げていたのを思い出しますが、その清水寺で講演できることは私にとって本当に身に余る光栄でした。この御縁に心から感謝致します。
清水寺との御縁、スーダンの現状、ロシナンテスの活動などを話させてもらいました。関西方面で講演を行うことを最近行っておらず、私にとっても新鮮な気持ちでした。若い方が熱心に参加して下さり、講演後にたくさんの質問を投げかけてくれました。彼らの熱い志が未来に繋がるようと改めて思いました。

講演後は、清水寺が特別に夜間拝観をさせて下さいました。
素晴らしい光景を背にして、京都に駆けつけてくれた妻と一緒に、清水寺の御本尊に、この場所にいることの感謝の気持ちと今回の水プロジェクトの成功を祈願いたしました。

清水寺を後にして妻は北九州、私は出国となりましたが、スーダンに到着して朗報に接しました。皆様方からのご支援のおかげで、また御本尊への祈願が通じたのか、水事業を実施するための目標額が達成されました。本当にありがとうございました!

スーダンはとても暑い時期です。朝起きると汗だくになっています。私の一日は水を一気に飲むことから始まります。私は幸いにもきれいな水を飲むことができますが、それができない人が多くいます。
一人でも多くの人が「清き水」を飲めるように、この灼熱の地でスタッフとともに頑張りたいと思います。

最後に、清水寺、そして京都の関係者の皆様、北九州と東京から駆けつけてくれたスタッフに感謝申し上げます。

撮影 / 須藤 和也

 

川原ブログ2018.03.11

東日本大震災から7年

今日は2018年3月11日。震災から7年が経ちました。
震災で、お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

私たちロシナンテスは、2年前の春まで宮城県で支援活動を行いました。そのご縁もあり、今でも東北の方々と良いお付き合いをさせてもらっています。2016年には、閖上の秋の大祭に参加し、昨年は東北・みやぎ復興マラソンを走ることもできました。九州生まれの私にとって、東北はまた別の故郷に思えてきます。

ロシナンテスは、震災の3日後に宮城県名取市閖上に入り、円満寺というお寺さんの離れの一軒屋をお借りして、多くのボランティアの方々を受け入れながら、支援活動を行っていきました。

避難所にいる方々との話の中で、閖上にある日和山の復興を願っている多くの方々がいらっしゃいました。みんな、小さな頃に遊んだ思い出深い場所だそうで、閖上の方々の精神のよりどころです。日和山にあった鳥居が津波で流されていましたので、流木となった松を取り寄せ、鳥居を建立する計画を立てました。業者に頼むことなく、ボランティアの方々を含め、みんなで力が合わせて、立派な鳥居が出来上がりました。完成したのは6月9日で、震災から3ヶ月経たない時期ですから、閖上の方々の日和山への思いが、ことさらに強かったからに違いありません。

2017年3月11日。私はスーダンにいて、日本の知人からメーッセージが届きました。
「映画の『君の名は。』の原点は閖上だそうです」
私は頭の中が「?」でいっぱいになりました。

スーダンと日本を往復する機内で「君の名は。」を狭い画面で何度となく見ていたのです。映画を見終わった後に、確かめたいことがいくつもあって、乗り継ぎ便でも、帰国便でも、機内の画面を「君の名は。」にしていました。本当に、見るごとに感動が増す映画でした。

その後、新海監督がインタビューで語っていることを見ることができました。
新海監督は、震災の4ヶ月後に閖上を訪問していて、映画の構想を作り上げていったのだそうです。その中で「この映画が、日本に昔からあった民話のようになればと願います」と言っており、そのことが特に私の印象に残りました。

そして、一枚の絵コンテを描いています。この絵には、流木の松でできた鳥居が描かれています。

この鳥居は、閖上の方々の強い気持ちで一番に再生されましたが、それだけに早くも劣化が起きました。Facebookに掲載された私の友人の日和山の写真では、この鳥居が撤去されていました。閖上の方によると、根元が腐ったとのことです。これも自然の摂理です。自然と調和しながら、閖上の新しい街づくりが進んでいくことを願っています。

スーダンの地方出張を終えて、この文章を書いていますが、スーダンの地方には、まだきれいで安全な水が得られずに困っている地域がたくさんあるのを見てきました。内戦から、停戦合意、南北統一政府、南スーダンの分離独立という激動のスーダンは、新しい国づくりが進められています。私の中では、東北とスーダンと全く異なる地域ですが、震災からの復興、内戦からの復興を今後も見つめ続けていきます。

そして、今年も東北を訪問することになるでしょう。震災から7年目の今日に、東北の復興を願う気持ちをまた新たにしました。