特定非営利活動法人ロシナンテス

活動報告ブログ

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コラム2019.05.28

もしもナプキンがなかったら…スーダンの月経事情

写真は、スーダンの首都ハルツームのスーパーで売っているサニタリー用品です。意外と(!?)種類が豊富ですよね。ここのスーパーにはありませんでしたが、日本でよく見かける「ソフィ」も売っていたりするそうです。

首都ハルツームのスーパーに売っていたサニタリー用品

スーダンの都市部ではサニタリー用品があちこちで売られていますが、村落部では売っている場所を見つけるのは困難です。女性たちはどうしているの?と聞いたところ、安く売っている綿や布で対応している、とのことでした。

 

開発途上国では、多くの女性は月経をきちんと管理するためのサニタリー用品を利用することができません。特に村落部では、サニタリー用品を買うお金がなかったり、そもそも売っている場所がなかったりすることで、代わりに布や新聞、葉っぱ、乾燥させた家畜の糞などを使用している女性がたくさんいます。

 

こうした代用品では、経血がもれやすく、外出が難しくなることも。また衛生的とは言えず、雑菌が繁殖しやすかったり、頻繁に取り換えたりできなかったりすることで、感染症にかかりやすくなります。

 

また世界には、月経中は家族と会ってはいけない、外出してはいけない、キッチンに入ってはいけない、など、国や文化によってさまざまなタブーがあります。月経に関する言葉を口にすることすら禁止されているところもあるのです。スーダンを含むイスラム教文化においても、頭を布で包まなければいけない、男性は月経中の女性に触れてはいけない、など、色々な決まりごとがあります。

 

今日5/28は月経衛生デー。月経衛生デーとは、

・月経に対する沈黙を破って社会の意識を変えること
・月経に関する制度の政治的優先順位を高めるよう促すこと

を目的に制定された日です。

 

正しいとは言えない月経管理やタブーによって、命の危険にさらされたり、つらい思いをしたりしている女性たちの環境を変えていこう、という動きなんですね。

日本でも、月経中であることは人に言いづらかったり、コンビニでも茶色い袋に隠して渡されたりと、まだまだ「恥ずかしいこと」として扱われる文化があります。普段生活しているとあまり意識することはないと思いますが、この機会に、こうした月経の在り方について想いを馳せてみませんか。

現地の文化生活2019.05.23

軍事政権に終止符?今回の政権崩壊の流れと特徴

こんにちは、一時帰国中のスーダン駐在スタッフ小川です。

およそ30年続いたバシール政権が崩壊し大きな転機を迎えている今のスーダンについて、現地で見聞きしたことをお伝えすべく、5/19に報告会を開催しました。

今回のイベントでお話した内容を、2回に分けてレポートしたいと思います。今回は一連の流れやデモの様子を中心に、次回は現地の生活や、今回の政権崩壊により私たち日本の組織にどんな影響があるのか、についてを書いていきたいと思います。

動画は、ノースコルドファン州でともに活動しているパートナー団体SIDOの事務所の近くで遭遇したデモ行進の様子。

 

スーダンの政権交代について
実はスーダン、今回だけでなく、過去にも複数回クーデターや民衆蜂起による政権崩壊が起こっている国なんです。

1958  アブード軍事政権樹立
1964  アブード軍事政権崩壊
1969  ヌメイリ政権樹立
1985  ヌメイリ政権崩壊
1989  バシール軍事政権樹立
2019  民衆蜂起によるバシール政権崩壊

混乱する国内をまとめ上げるために独裁政権が始まりますが、経済状況が悪化→国民の生活も悪化→食料品を安くするために政府が補助金を出す→財政がおかしくなり経済状況がさらに悪化→食料品の値上げ→それに対して人々が耐えられなくなり…というサイクルを繰り返してきました。

今回の政権崩壊も、2018年12月19日にパンの値段が3倍に値上げされ、それに対する抗議デモが行われたことがきっかけとなったわけですが、このパンの値上げの直接的な原因は、政府が今まで出してきた小麦の補助金を撤廃すると発表したためでした。

 

バシール前大統領とスーダン

そんなバシール前大統領の30年間はこんな感じでした。ダルフール紛争で名前を聞いたことのある方も多いかもしれません。

1989 大統領に就任
1990代 国際テロ組織アルカイダ首領だった故ウサマ・ビンラディン氏を匿う
1993 スーダンが「テロ支援国家」に指定される
2003 ダルフール紛争勃発(犠牲者は30万人以上)
※大量虐殺など非人道的行為を指揮
2009 国際刑事裁判所から逮捕状が出される
※ダルフール紛争での人道に対する罪や戦争犯罪の容疑
2017 米国から対米協力や人道支援での譲歩が評価され、20年以上続いた経済制裁は解除される

 

今回の政権崩壊へつながる大きな流れ

日に日に高くなる食料の値段から勢いづいた抗議活動の矛先は、一向に改善されない経済状況と、その背景にある独裁体制へ向けられることとなりました。

2018/12/19  パンの値上げを発端に地方で抗議デモ発生→全国的なデモへ波及
2019/2/22  国家非常事態宣言
2019/4/6  国民一斉大規模デモの開始
2019/4/11  国軍がバシール前大統領の身柄を拘束
・暫定軍事評議会の設置・2年間の暫定統治
・イブン・オウフ前国防相が同評議会トップに就任
※イブン・オウフ氏がバシール前大統領に近い人物だったことに抗議し、デモを継続
2019/4/12 イブン・オウフ前国防相辞任、後任アブドルラフマン就任
※この後も早期民主化を求めてデモを継続
2019/4/16 バシール前大統領 刑務所へ移送
2019/5/12 暫定政権期間の短縮・文民出身を暫定政権に入れることで民衆・軍が大枠合意?

冒頭の動画でもわかりますが、デモ行進へは女性や子供も含む老若男女が参加しました。またデモ隊へのサポートのために、企業や一般市民がテントを張り、水や食料を配布するなど、国民が一体となっていた様子がうかがえました。

もちろん物々しい場面もたくさんありましたが、歌い踊るようなお祭り騒ぎの一面も見られました。バシール政権を批判する歌を歌い国外追放されていた歌手が政権交代後スーダンに帰国、軍本部前でコンサートを行うといった場面も見られました。

 

今回のデモの特徴

最後に、今回のデモの特徴について簡単にまとめたいと思います。12月から始まり4月の解任につながるまで、誰がこの運動を指導しているのかわからないようSNSを活用して指示がされていたり、とにかく非暴力に徹していたりと、かなり統率が取れていたように感じました。

• デモ予告はSPA※により、SNSを通じて発信
※SPA: Sudanese Professionals Association(大学教員、ジャーナリスト、弁護士、医師らによって構成されたスーダン人の知識層グループ)
• 指示者(グループ)の名前を公表せずに実施
非暴力に徹したデモ隊
• 物価の高騰などの経済への不満から始まったが、デモの焦点は経済から政治へと移行
• 軍は元々大統領の指揮下にあったが、民衆側に賛同→最終的に大統領退陣へ:民意の勝利
• バシール退陣後、軍評議会による暫定統治の発表に対し、国民の不満は軍へ

バシール前大統領の退陣後も、軍主導の暫定政権に不満を持ち民主化を求める国民によるデモと交渉が続いています。今後どうなって行くのか、まだまだ先行きは不透明な状況と言えます。

現地の文化生活2019.05.21

今さらボヘミアン・ラプソディ!大ヒット映画から見るアラビア語

こんにちは、スーダンからあかねです。皆さんは、昨年公開の大ヒット映画「ボヘミアン・ラプソディ」をご存知ですか?

ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーを主人公にした伝記映画です。日本では先月DVDが発売され、デジタル配信も始まりました。日本でもご覧になった方が多いと思いますが、私は先日機内映画で鑑賞することが出来ました。

さすがアカデミー賞4冠を獲得した映画で、クイーンを知らなくても十分楽しめ、さらにクイーンについて興味が出るようなとても観やすい映画でした。

今回は映画の中で気になったアラビア語をご紹介します。それは台詞の中ではなく、主題歌ボヘミアン・ラプソディの中に隠れていました。

この歌はバラード、オペラ、ハードロックを融合させた大ヒット曲で、映画の中では当時所属していたレコード会社の社長に売れるわけがない!と曲の製作を大反対されていましたよね。

中盤オペラ調の部分で「ビスミンラッ!(Bismillah)」と言うオペラコーラスが連発されています。実はこれ、毎日何回も耳にするアラビア語なんです。それは「アッラーの神の御名において」と言う意味で、日常で何かを始める前やご飯を食べる前(いただきますの意味)など、何パターンかの意味を持っています。

この歌詞が採用された意図は分かりませんが何か意味があるのだと思います。

この曲を作詞したのはボーカルのフレディです。映画の中にも出てきますが彼は本名である、「ファルーク・バルサラ」と言う名前を非常に嫌がり改名を果たします。このファルークと言う名前も、スーダンでも良く耳にする男性の名前です。スーダンのハルツームでは、ファルーク墓地と言う大きな墓地も有名です。

しかし、フレディがイスラム教徒だったわけではなく、7世紀にイスラム教がイランに進出したことで衰えたゾロアスター教の教徒だったようです。少しは名前にもアラビア語が影響しているようですね。

もし映画をこれから観よう!と思われている方、もう1度観直しをされる方も、次回はこのブログを参考にご鑑賞頂ければ、また違った角度から映画をお楽しみ頂けるかも知れません。

それでは、また!

現地の文化生活2019.05.15

スーダンに教会堂!?イスラム教が大半を占める国でのキリスト教

こんにちは。事業担当の堺遥です。東京は春の陽気に包まれ、若葉を身にまとった桜の木がいきいきと枝を伸ばしているこの5月。スーダンでは早くも40℃をこえ始めた気候の中、ラマダーンが始まっているようです。

 

さて突然ですが、こちらの写真、どこで撮影されたものだと思いますか?

Cathedral of Our Lady Queen of Africa

実は、私たちが活動しているスーダン共和国北コルドファン州で撮影された写真です。スーダンに教会?と、ちょっと意外な気がしませんか。
イスラム教徒が人口の大半を占めるスーダンでは、毎日決まった時刻にコーランが鳴り響き、街なかで見かける女性の大半はヒジャブを身につけています。そんなスーダンにいると、イスラム文化にどっぷりと浸かった気分になります。しかし、伝統的な宗教やキリスト教を信仰する人々も暮らしているのです。イスラム教のモスクを見かけることが圧倒的に多いスーダンですが、キリスト教の教会もしっかり存在感を放っています。

1961年に建てられたというこの教会は、ステンドグラスや天井の装飾が施されたとても美しい建物です。

ステンドグラスの美しい装飾

壁面にはスーダンの人々にとっても神聖な存在である羊のモチーフが用いられ、マリア像には「アッサラームアレイキ ヤ マリヤム(マリア様に平和を)」とアラビア語が添えられています。

スーダン人にとっても関わりの深い羊のモチーフ

アラビア語が添えられた聖母マリア像

アラビア語が添えられた聖母マリア像

この教会の目の前にはイスラミックセンターと呼ばれる施設があり、立派なモスクが建っています。異なる宗教の共存を思わせる印象的な姿です。

スーダン暮らしの長いロシナンテススタッフのアルタイブ茜によると、過去に対立した歴史はあるものの、スーダンは非イスラム教徒に対しても寛容な国なのだそう。人それぞれが持つ思想や文化を尊重できるというのは素敵なことですね。