特定非営利活動法人ロシナンテス

活動報告ブログ

ロシナンテスからの活動情報をご案内します。

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スタッフ挨拶2019.03.13

入職のご挨拶【神野志帆】

こんにちは! 2019年2月にロシナンテスに入職しました、神野志帆(じんのしほ)と申します。スーダン駐在員として現地に溶け込み、皆様からの想いやご支援をスーダンの人々と結べるよう事業に携わっていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

入職前は、英国大学院の戦争学研究所に所属していました。どちらかといえば国際安全保障について学んでいたのですが、私の興味関心はずっと、いわゆる「人間の安全保障 (国家ではなく個人に焦点を当て、各人の生命と尊厳を重視し、をあらゆる脅威からの保護と能力強化をはかるというような概念です。)」にありました。

この概念については、抽象的だから分りにくいだとか潮流からは外れているといった批判も多く、悲しいな、と思っていた時に、ロシナンテスの「医」の概念に出会いました。狭義の「医療」から視野を広げ、教育や給水所のことまでを考えた広義の「医」を知った時、「人間の安全保障」に近いものを感じてドキドキしたことを覚えています。

日本の大学院に通っていた時には、国際教育開発を学んでいました。在学中、論文執筆のためバングラデシュの首都にあるスラムでアンケート調査を実施した際、原体験となるものを得ました。それは、ソニアという9歳の女の子との出会いです。夕方以降は立ち入り禁止と言われていたそのスラムの一角で、彼女は捨てられたドラッグ用の注射器を拾い、私に使い方を教えてくれました。

「昼間はこんなにも平和にみえるスラムで、この子は一体何を見て生活し大人になっていくのだろうか。」

大学院で教育開発を学んでいたにも関わらず、目の前にいる小さな女の子に対し何もできない自分の不甲斐なさを本気で憎んだ瞬間でした。開発分野で仕事をしていくことを一度諦めそうになったこともありますが、ソニアとの原体験が私を引き止めてくれました。今でも自分の決断に迷いが生じた時、彼女は私の活動の指針となっています。

その後は青年海外協力隊やJICAの事業に従事しました。国際開発の仕事に携わってきた結果、ここには書ききれないほどの想いを抱えて今ここにいます。

 

これまで多くの国を経験してきましたが、スーダンは私にとって初めてのアフリカです。ここでまたソニアのように忘れられない固有名詞との出会いがあるかもしれませんが、今なら少しはできることがあるのではないかと、楽しみに思っている自分もいます。

誰かの生活に多様な選択肢と可能性が開かれ、より豊かに尊厳が守られる状況を創ることは、ソニアから与えられた私の大切なミッションです。そのためにも、一頭のロシナンテとして少しでもプロフェッショナルな仕事ができるように努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

スタッフ挨拶2018.12.27

入職のご挨拶【小川和泉】

こんにちは。2018年11月にロシナンテスに入職しました、小川和泉と申します。入職前は、医療機器メーカーに勤務し、アフリカ市場開拓の業務を担当しておりました。国際協力の分野は初めてですが、皆さまからの大切な想いとご支援を、スーダンの地で形にしていけるよう努めてまいります。よろしくお願い致します。

私のこれまでのキャリアにおけるキーワードは、「アフリカ」と「医療」です。

初めての「アフリカ」との出会いは、8年前にさかのぼります。大学時代にアフリカ経済のゼミに所属しており、「いつかは途上国の人に貢献できる仕事がしたい」と漠然と思っていました。留学や旅行経験もなく、そもそも海外の事情について知識がなかった私は、先ずは自分の目で現場を見て学びたいと思い、ウガンダで3週間のボランティアに参加。それは、ウガンダのエイズ孤児のための学校建設作業とエイズ啓発を行うものでした。現地では、エイズの患者さんのご自宅でお話を伺ったり、また、エイズが原因で親を失った子どもたちと接したりする機会がありました。その中で、経済的な貧しさに起因する様々な背景により、多くの尊い生命が失われている現実を目の当たりにしました。この現実を見てきた自分だからこそ、将来できることを考え、行動する責任があると、学生ながらに強く感じました。

続いて、「医療」についてです。私は医療従事者ではなく、文系出身の人間です。そんな私が「医療」に関心を持ったのは、大学時代に大きな交通事故に遭った経験からでした。当時原付バイクに乗っており、自動車による追突事故で、腰の骨折と全身打撲。顔の大半は傷とアザで悲惨な状態となりました。医師からは「頭の打ち所が悪ければ、助からなかったかもしれない」と告げられました。それがちょうど就職活動中だったこともあり、守られた生命だからこそ、人の生命や健康に関わる仕事をすることで、恩返しをしたいと思うようになりました。そしてその恩返しの場所が、学生時代に縁した「アフリカ」なのかもしれないと思ったのです。

大学卒業後は医療機器メーカーに入社し、日本国内での営業を経て、欧州法人に駐在。アフリカ事業のセールスマーケティング担当として、ビジネスの拡大を通じてアフリカの医療に貢献できるように努めました。業務の半分は出張で、アフリカ13か国を訪問。その中で、一番印象に残った国がスーダンでした。50度近くにもなる猛烈な暑さ、アラブの独自の雰囲気など、他のアフリカ諸国では感じたことのない新鮮さがありました。このスーダン出張中に、仕事でロシナンテスと出会い、「いつかはこの地で、ロシナンテスの一員となって仕事ができたら…」と思い始めたのです。

この出会いをきっかけに、ビジネスのターゲットとなりやすい各国の都市部のみならず、地方の医療について関心を持つようになり、病院も診療所もインフラさえも整っていない地域で何が求められているのかを真剣に考えるようになりました。そして、このような地域に暮らす、ごく普通の人たちにアプローチできるような仕事に挑戦したいと思い、ロシナンテスへの入職を決意するに至りました。

今までお世話になってきた方々への感謝の思いと自身の原点を大切に、これからスーダンで出会う目の前の一人のために、微力ながら尽力させていただきたいと思います。これから、どうぞよろしくお願い致します。

前職でのザンビア出張時に、NGOの活動地を訪問。現地の方の素敵なダンスと歌で歓迎していただきました。(撮影/公益財団法人ジョイセフ)

スタッフ挨拶2018.10.23

入職のご挨拶【立花 香澄】

こんにちは。ロシナンテスで広報担当として働くことになりました、立花香澄です。民間企業や国際NGOでの広報の職を経て、2018年10月に入職いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。

大学生の時にスタディーツアーで訪れたカンボジアで、「爆弾は、カラフルにしたり、落ちてくる姿が蝶々のようにみえるようにしたりと、子どもが手に取りたくなるような工夫がなされている。」というお話を聞きました。

衝撃でした。多くの大人が知恵を絞って、いかに効率よく子どもを殺すかアイディアを出し合う。会議室の風景が頭に浮かんで、本当にやり切れない気持ちになりました。

学べば学ぶほど、世の中にはひどいことがたくさんあり、その原因の多くは元をたどれば人だということがわかりました。考えれば考えるほど、私が何かしたところで変わらないのでは、という気持ちになりました。

でもきちんと個々に目を向けてみると、そこから立ち上がろうとする人々を支えているのも、人でした。

色々考えるために旅に出たアフリカでは、想いをもって自分にできることをし続けている人たちにたくさん出会いました。

ひどいことはゼロにはならないかもしれない。でも、「ひどいこと」より「あたたかいこと」を増やすことはできる。考えるよりも、そう信じて進むほうが私には向いているな、と思えたので、そのきっかけをつくる広報として働きたいと思うようになりました。

NGOの広報は、「あたたかいこと」を集めていく素敵な仕事だと思っています。実際、周りから集まるあたたかい言葉や気持ちが、人々が立ち上がるための大きな力になるということを学んできました。

 

小説「ドン・キホーテ」から採られた団体名には、

「私たち一人ひとりは痩せ馬ロシナンテのように無力かもしれない、
しかし、ロシナンテが集まりロシナンテスになれば、きっと世界を笑顔にできるはず」
という思いがこもっています。

一緒に考えてもらうこと。
その国を好きになってもらうこと。
その人を好きになってもらうこと。
自分にもできることがあると知ってもらうこと。

そして1頭のロシナンテになってもらうこと。

 

そんなあたたかいことを一つでも増やせるよう、そしてロシナンテを1頭でも増やせるよう頑張りながら、皆さまとともに歩んでいきたいと思います。

スタッフ挨拶2018.10.18

入職のご挨拶【宮崎 理恵】

はじめまして、宮崎理恵と申します。2018年10月にロシナンテスに入職いたしました。
皆様からのあたたかいご支援を、現地へ心をこめてお届けしていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

わたしは途上国支援に携わる仕事がしたいとの想いから、ロシナンテスに入職するに至りました。
途上国支援に興味をもったきっかけは、大学生の時に大学前で配られていた海外ボランティア募集のチラシを見て、夏休みを利用してカンボジアへ向かったことでした。
それが初の海外渡航でした。日本とは全く異なる雰囲気、言葉、文化に触れ、こんな世界があったのかと新鮮に思ったことを覚えています。

現地では、HIVにかかったために力仕事のできない村人に代わって畑を耕し、今後の収入源となる農地を耕作するというものでした。
しかし、現地の人からは感謝ではなく、
「そんなことをするくらいなら、今お金をくれ」という言葉をかけられました。
いいことをするつもりで行きましたが、全く善意が伝わっていないことを知り、
「途上国支援とは何か?」と疑問を抱きました。

その後、フィリピンの現地NGOにてインターンとして働く機会がありました。
その団体では台風などの災害で家と職を失った人々へ住居と職業訓練を行っており、実際にその住居に一緒に住み、職業訓練のサポートをしました。
一緒に暮らすうちに、徐々に災害や失業から立ち直っていく家族を見ました。
また村で暮らす中で、助けることよりもむしろ助けられることの方が多かったように思います。

職業訓練のためのネイルの練習台になりました。デザインも一緒に考え、たくさん練習し、後日実際にお店がオープンしました

またこの生活を通じて、”現地の人々は決して一方的に援助する相手ではなく、生活できる環境と学ぶ機会さえあればそれがきっかけとなり、あとは自立できる頼もしい存在だ”と気づき、将来は一方的な援助ではなく現地の人々と話し合いながら、そんな自立のための環境や機会を提供するような仕事がしたい、と改めて思うようになりました。未熟ながら、途上国支援について自分なりの見解を得た出来事でした。

大学卒業後は民間企業での勤務を経て、イギリスの大学院にて開発学を学びました。
そしてこの度、スーダンに「医」を届ける、当団体に入職することとなりました。ロシナンテスでは現地住民の要望を聞き、最終的に住民の手で管理することを目標とし、現地政府を交えて事業を進めており、現地の人々と一緒に事業を進めていけるという部分が魅力でした。

途上国は日本よりも貧しく、日本で当たり前に受けられる教育、医療などの様々な機会が制限されています。しかし途上国の人々は貧しいながらも彼らの築いてきた文化、伝統、地域社会のなかで暮らしています。
わたしは途上国を思い出すとき、貧しい質素な住居や、希望を失った人々の失意の表情を思うと同時に、一方でカンボジアの活発な子どもたち、牧歌的な風景、カラフルな花々や、ネパールの美しい伝統衣装、仏像に塗られた赤い顔料、フィリピンの勤勉で明るい人々の笑顔など、日本にはない鮮やかさも同時に思い出します。

わたしは彼らの築いてきた文化と生活を大切にしながら、その中で自立のきっかけや機会を提供し、それをもとに自らの手で将来を切り開いてもらうような支援をしていきたいと思っています。
これから、ロシナンテスの一員として「医」を届け、現地の人々が自立を目指す一助となりたいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

宮崎理恵

スタッフ挨拶2018.07.17

入職のご挨拶【堺 遥】

はじめまして。2018年6月にロシナンテスに入職しました堺遥と申します。

ロシナンテス入職前は総合商社に勤め、自動車や船の分野で複数のプロジェクトに携わっていました。「医」を届けるロシナンテスの仕事は初心者ながら、一生懸命がんばりたいと思います。

私がロシナンテスに入職するに至る最初のきっかけは、小学生の時に観たテレビ番組でした。

番組では、地雷埋蔵地域・奴隷労働・野宿など、過酷な環境下で生きる子どもたちが紹介されていました。
自分と同じ年ごろの子どもたちが、自分とはまるで違う環境で生きていることに衝撃を受け、「大人になったら、あの子たちを助けたい」という思いを抱きます。

高校卒業後、国際関係や地域文化などを幅広く学べる大学に進学して文化人類学に出会い、異文化を学ぶ面白さに強く惹きつけられました。大学卒業後の進路を考えたとき、「開発途上国の子どもたちを助けたいと思ってきたけど、どんな仕事に就いて、何をしたらいいのだろう」と悩みました。
知人に相談すると「まずは自分の目で見てみたら?」とアドバイスされ、「開発途上国」へ行ってみることにしました。

行き先として選んだのは、西アフリカにある「トーゴ共和国」。
それまで国名を聞いたこともありませんでしたが、NGOがボランティアを募集しており、文化人類学を学ぶ中で最も興味を引かれていたアフリカへ行ってみたくて参加を申し込みました。

いざトーゴに到着し、私は衝撃を受けます。

「現地の人は普通に生活している…助けるなんて、おこがましかった」

首都・ロメの中心部ではアスファルトで舗装された道路を自動車やバイクが走り、水や電気の供給は断続的ではあるものの最低限使用でき、携帯電話を持っている人もいました。
人々はのんびりと過ごし、私のような外国人が通りかかると「ヨヴォ、ヨヴォ、ボンソワール(白人、こんにちは)」と人懐っこく話しかけてくれました。
平日はボランティアとして孤児院の子どもたちに勉強を教え、休日は周囲を散歩し色々な人と会話しながら1ヶ月間過ごす中で、トーゴを大好きになりました。
トーゴの魅力を言葉で表現するのは難しいですが、人・音楽・踊り・ファッション・食など…あらゆる側面に魅了されたのでした。

一見すると満足なトーゴの人々の暮らしでしたが、実際にはお金がないから進学できない、夢をあきらめた、という若者は少なくありませんでした。

「この国に必要なのはボランティアじゃない。雇用を生み出す産業だ」

そう考えた私は一般企業に就職することを決め、大学卒業後、総合商社で働くこととなります。

就職後は、自動車や船の領域においてアジアやヨーロッパの案件に携わり、多くのことを学ぶ日々でした。
一方で、心の片隅にはいつも「いつかはアフリカへ」という思いがあり、アフリカや国際協力に関係するイベントを見つけては足を運んでいました。
その中で、とあるイベントをきっかけにロシナンテスを知り、その理念や「医」を届ける活動に共感し、ロシナンテスで働くことを決意しました。

ロシナンテスに入職した今、私の夢は「生まれた環境にかかわらず、誰もが自由に夢を描ける世界を実現すること」です。

私がトーゴで見聞きしたように、お金がないため進学をあきらめる、外の世界に触れる機会が少ないため周囲の大人と同じ人生しか考えたことがない、といった人は少なくないと思います。
どんな人生を歩みたいか、は人それぞれですが、多くの人が様々な選択肢を知り、「がんばれば夢を叶えられるかも」と思える世界にしたいです。
そのための重要な基盤である「医」を、ロシナンテスの一員として世界のどこにでも届けていきたいと考えています。

日本や世界のどこでも、多くの人が笑顔になれるよう一生懸命がんばりますので、今後どうぞよろしくお願いいたします。

堺 遥

トーゴにて。編み込みに挑戦しました!