戻ってきてくれてありがとう―スーダン事務所のスタッフの初来日を振り返って(川原)
こんにちは、理事長の川原です。今回、ロシナンテス設立20周年という節目に、スーダンからラビア、モハメドの二人を日本に迎えることができました。設立当初から長年活動を支えてくれているスタッフですが、今回が初めての来日でした。

東京、北九州、大阪、岡山、長崎、熊本の全国6か所で20周年記念講演会を開催し、本当に多くの皆様に会場へ足を運んでいただきました。20年前から活動を見守ってくださっている方、さまざまな形で活動を支えてくださった方、そして今回初めてロシナンテスの活動を知ってくださった方。多くの皆様と直接お会いできたことは、私たちにとって大きな喜びでした。
そして今回、私が特にうれしかったのは、ラビアとモハメドが日本の皆様の前で、自分たちの言葉でこの数年間の経験を語ってくれたことです。
来日を振り返って2人が書いてくれたレポートはこちら
「彼は気が狂ったんじゃないかと思った」
2023年、スーダンで内戦が始まり、私たち日本人スタッフが国外へ退避することになったとき、最後まで私たちを送り出してくれたのが彼らでした。燃料すら十分に手に入らない状況の中、ポートスーダンまで移動するためのガソリンを方々からかき集め、私たちの退避を支えてくれました。
しかし、その後さらに戦闘が激しくなり、今度は彼ら自身とその家族がハルツームを離れなければならなくなりました。国境を歩いて越え、ようやくエジプトへ逃れ、カイロで避難生活を送ることになりました。

そこでの生活も決して簡単なものではありませんでした。難民としてのカードを手にすることさえ容易ではなく、長い時間をかけて、ようやく取得することができました。それは、彼らと家族にとってエジプトで生活していくための大切なものであったと思います。
その間、私は何度もカイロを訪ね、彼らと話をしました。そして私自身が再びスーダンに入り、ロシナンテスとして本格的にスーダンでの活動を再開しようとしていることを伝えました。
その話を聞いたとき、ラビアは、
「川原がスーダンにいると聞いて、あんな危ないところに戻るなんて、彼は気が狂ったんじゃないかと思った」
と話していました。
今回の日本での講演でも、この話には思わず笑いが起こりました。
再びスーダンへ戻るという、大きな決断
しかし、その後に続く話こそが、私にとって最も心に残っています。
ラビアもモハメドも、ようやく手にした難民カードを返し、再びスーダンへ戻る決断をしてくれました。まだまだ情勢の見通しがきかない状況で、子どもたちを連れて再び国境をこえる決断をするというのは、日本に住む私たちには想像もできない様々な葛藤があったことと思います。
そして今、再び私たちはスーダンで一緒に活動しています。私は彼らに「戻ってきてくれてありがとう」と思っています。しかし彼ら自身も、「スーダンに戻ってきてよかった」と話してくれました。

ロシナンテスの20年間を振り返ると、私たちがスーダンの人たちを支えてきた、という一方向の関係ではなかったことに気づきます。
内戦が始まったときには、彼らが私たち日本人を守り、送り出してくれました。そして今度は、私たちが再びスーダンへ戻り、彼らもまた私たちを信じて戻ってきてくれました。
支える側と支えられる側という関係ではなく、お互いを信じ、必要なときにはお互いを支える。それこそが、この20年間でロシナンテスが築いてきたものなのだと思います。
ここからがまた新しいスタート
今回、ラビアとモハメドが日本を訪れ、20年間ロシナンテスを支えてくださった皆様と直接出会えたことには、大きな意味がありました。日本とスーダンという遠く離れた場所にいる人たちが、ロシナンテスを通じて一つにつながっていることを、私自身も改めて実感しました。
20周年は、ゴールではありません。
ここからが、新しいスタートです。
スーダンでは今なお厳しい状況が続いています。それでも私たちは、これまで20年間築いてきた人と人とのつながりを力にして、スーダンの復興と、人々が再び安心して暮らせる社会に向けて歩み続けたいと思います。

今回、北九州、東京、大阪、岡山、長崎、熊本の各会場にお越しいただいた皆様、開催にご尽力いただいた皆様、そして20年間ロシナンテスを支えてくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。
